さらに歩いて間々田宿に着いた。ここには「逢いの榎」というのがあって、日光街道のちょうど中間点にあたる…と、教えてくれたのは佐山酒店のおばちゃん。店は築百年だそうで、木製の看板も古めかしい。店頭に飾られた酒樽には「男の酒 じゃまつり」とある。何やら力強いけど、じゃまつりって? 聞けば四百年前から伝わる間々田の奇祭。ジャガマイタともいうらしい。毎年5月5日、ワラや竹、シダなどで作った全長15メートルを超える巨大な蛇(じゃ)が七体、町中を練り歩くんだそうだ。その時のかけ声が「ジャーガマイタ、ジャガマイタ」。写真を見せてもらったけど、蛇の風貌は日本というより東南アジアな感じだ。祭の時には佐山酒店も樽酒をふるまうらしい。こりゃ実際に見てみたいもんだ。
ジャガマイタが行われるという間々田八幡宮に行ってみた。鳥居をくぐって石段をくだって行くと、大きな池がある。境内で落ち葉を掃いていたおばちゃんに聞くと、ジャガマイタの時には担ぎ手もろとも蛇が池に飛び込むらしい。迫力ありそう。おばちゃん喋りだしたら止まらないらしく「こっちには鴨が」「あっちに鯉が」「猫が」とやたら案内してくれる。ありがとう!なんか運気が上がりそうだ。
間々田八幡の先は千田塚。国道から一本入った道を歩く。このあたりも柿の木が多く、頭上から甘い香りが降ってくるようだ。
「柿の当たり年だからね、今年は。でもみんな食べないから勿体ないよ。みんな鳥が食べちゃう」と教えてくれたのは道沿いの家のおじいちゃん。ずっと千田塚に住んでいるらしい。「この辺もずいぶん開けたよ…うちと向かいの家と、二軒しかなかったのに…古墳もあったけど畑にしちゃった。これからどうなるのやら…」東京者の私には、それでもやっぱりのどかに見えるのだけど。
マンホールのふたを交換している人たちがいた。ふたをよく見ると、三頭の馬がデザインされたモダンなデザイン。珍しいですね。「馬頭観音からきているのかな」と、作業着姿の職員さんが自説を披露してくれる。「馬ってつく土地は馬喰とか馬追とか、馬に関係ある人たちが住んだ場所だね」どうやら地理歴史好きらしい。そしてこの方も喋りだすと止まらない系。「住宅地に雨水管なんか通す時は、逆流しないようにしてね」「だいたいどんな管でも三パーセントの傾斜をつけるんだ」地下水道トリビアまで教えてくれた。
国道4号線を離れて、住宅地のなかを歩いていたら道に迷った。それこそ江戸時代の旅人も通ったかと思うような、雑木林の中の舗装されていない道をぐねぐね歩き、ひょいと出たところは小山総合公園だった。公園を横切り、バイパスの橋の上から思川を眺める。いつのまにか日は傾き、川の中州あたりにサギが一羽、シルエットで佇んでいる。
16時過ぎ、小山駅に着いた。江東区深川から約70キロ。福島市まで約170キロ。石巻まで約280キロ…先は長い! 東北めざして俺の細道は続くのであった。
8回目は11月6日(水)。東北本線野木駅で降りて歩き始める。空は高く、国道4号線沿いにはススキが揺れる。
赤い豆を干している農家があった。小豆だと思ったら「ささげ」だそうだ。小豆よりちょっと小粒かな。「おこわに入れるんだよ」と教えてくれた。
栗園の前を通ると、実をとったあとのイガが積み上がっている。歩道に張り出した枝の上では、ザクロの実がはじけている。足元にはカリンが転がっていたりする。秋に実るものって多いなあ。
そして何といっても柿! 道沿いの庭先やいたるところに柿の実がたわわに実っている。日差しを受けてつやつやと光り、あたりには甘い香りが漂っている。
間々田駅前まで来ると、そのあたりの住所は小山市乙女。近くを流れるのは思川(おもいがわ)。まさに乙女チックだなあ。朝日屋本店という和菓子屋さんで「思川まんじゅう」を買う。さっそくほおばりながら道の反対側を見ると、なにやら立派な建物が。小山市立車屋美術館と小川家住宅。残念ながら美術館は展示をしていない時期だったが、小川家住宅を見学することに。
玄関を入ると、ボランティアのおじさんが案内をしてくれる。小川家は江戸時代から肥料問屋を営んでいて、明治期に日光街道に引っ越したとか。その際、乙女河岸にあった建物の一部をそのまま移築したそうで。釘を使わない建築や和洋折衷の様式が珍しい。奥に進むとガラス戸の向こうには庭園が。ん?庭の景色が陽炎みたいにユラユラ見える…。実は手吹きガラスなので光が均一にならないらしい。こんなところも情緒を感じるなあ。
古河の町を歩いていると、「岩井眼鏡店」というシンプルだけどオシャレな看板を見つけた。同じ建物の片方の入口が眼鏡屋さん、もうひとつの入口は雑貨屋さんになっている。眼鏡屋さんの奥から出て来たのはけっこうイケメンな店長さん。「祖父が眼鏡を作っていて、その型が残っていたんです。そのレプリカを100個限定で作りました」おじいちゃんデザインの眼鏡=カメジロウ・ブランドを復活させたわけだ。
岩井眼鏡店のフリーペーパー「waiwai」も発行中。地元・古河の店を紹介していて、表紙モデルには毎回、身内やご親族がメガネ姿で登場している。手のひらサイズなんだけど、クオリティ高っ! デザインかわいっ! 何これ、フリーペーパー好きとしては見逃せないんですけどっ。
そして、同じ建物のもう一軒のお店…雑貨屋「ザントマン」も同じく岩井店長の店。残念ながら休業日だったんだけど、窓からのぞくとカラフルなヨーロッパのオモチャや雑貨が並んでいて、眺めているだけで楽しくなってくる。実際に現地に行っては買い付けをしているらしい。ちなみに店長は『小さなバイキング ビッケ』のコレクター。ビッケの映画を観るためにドイツまで行ったんだって! あ、『ビッケ』知ってます? 原作はスウェーデンの児童文学で、アニメや実写映画にもなった名作! 子供のころテレビアニメ放送してたなー。いやあ懐かしい。
古河には古い建物が残る一方で、若い人たちを惹きつける空気もあるみたい。雑貨屋さんも増え、買い物目当てに東京から来るお客さんもいるとか。「こないだは西荻窪から来られたんですよ。西荻といえば雑貨屋激戦区じゃないですか。とうとう西荻から来てもらえるようになったか!って(笑)」日光街道全体を盛り上げようっていう動きもあるそうだ。「百年くらい時間が止まったような町。でも、東京などからすると懐かしさを感じてもらえるんでしょう」
日が傾くころ野木町に入った。東京から66キロ、宇都宮まで41キロ、福島まで207キロ。まだまだ道は遠いが、この日は野木駅で終了。
歩いていこう、東北まで。東京・深川から東北まで、徒歩で向かうプロジェクト。ゆるゆると進むMy long and winding road の記録。